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ごじゃっぺ辞典
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八溝の言葉
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集落の入り口の看板:まだまだ現役の言葉です
神仏とともに生きた時代のお堂:集落の中心にあり、お念仏をした
子どもたちが将棋をしたり工作をしたりした外縁(そとえん)
中学生が自転車で通っていた洞門:今は中学校はない
新しく統合小学校になった母校と村のシンボルの愛宕山
今も残る富山の置き薬の薬箱:中味もまだ入っています
魔除けとして残っている金沓(かなぐつ):金沓屋が各戸を回って来ました
筑摩書房の現代日本文学全集:今も全巻揃って書架に残っています
古いお店のほーろー看板:今は廃業しています
弾み車が付いている発動機:回転の振動で冷却水が跳ね上がる
昭和30年頃、叔母が購入したアサヒナミシン:インテリアです
八溝杉の土場:今は林道が延伸し、トラックで運ばれます
半世紀経っても現役の背負籠(しょいかご)
毎朝磨いたケヤキの大黒柱:背の届く所まで光っています
土間と座敷の境をなす小縁:改築しましたが間取りは同じです
音から「がーこん」と言っていた足踏み脱穀機:大田原市郷土資料館
羽釜で炊いた御飯をお櫃(ひつ)に移して保存した
一汁一菜の食生活:食後は洗わずお湯を飲んで戸棚に仕舞う
家族構成で変わっていった羽釜:一番大きいのは空だきしてダメにした
干し芋作りに使われた大笊(ざる)
昭和30年代以降、消費経済が進展:美空ひばりと松山容子
電気ジャーにより、いつでも温かい御飯が食べられようになった
主産業であった林業も衰退、製材工場が閉鎖された
せせらぎの音を聞いて育った。豊かな心を育んでくれた川
横長のメジロ籠(左)とヤマガラを捕るバッタン籠
屋敷の隅の祀られている氏神様:神社組を抜けてお札はない
家内安全と豊穣を祈願して祀られている恵比寿さまと大国さま
ゴム草履の前は藁草履が主流で、尻っぱねが背中まで上がった