生活の基本 衣と食と住
引き上げうどんのことで、一般に釜揚げうどんと言われている。茹でてから水で晒さず、そのまま食べるもの。原料の小麦粉は近くの精米所に頼み、挽き賃は小麦から差し引いた。婆ちゃんは、捏ね鉢の中の小麦粉に水を加え、程良い大きさのうどんの玉にして、厚い和紙を載せ、孫に踏ませるのであった。家族が揃った頃合いを見て、お湯がぐらぐらしている羽釜(鍔付の釜)に入れ、ゆであがるのを待って竹製の「しょうぎ」で引き上げ、けんちん汁に入れて食べた。婆ちゃんが打つうどんは硬い上に幅広であったので、麺類が苦手であったから「けっくけっく」して喉が 通らなかった。時には食った振りをしてふて寝をしてしまった。
ひきあげ
引き上げ
冠婚葬祭と人々の繋がり
「引き出物」は標準語。祝儀や不祝儀の時の返礼品のこと。時代とともに内容が変わった。葬式の引き物は焼き饅頭に白砂糖の「太白」が定番であった。人の不幸とは別に、自家製の馬糞饅頭( まぐそまんじゅう)と違って、焼き饅頭と言われる楕円形の「葬式饅頭」は、滅多にない本物の饅頭であった。ところが、40年以降、テレビが普及も相俟って、植木等の「何であるアイデアル」のコマーシャルで人気となった折りたたみ傘が引物として流行した。文字どおり「アイデアル」であった。今は軽い海苔などのセットになり、結婚式の引物は商品サンプルの冊子になってしまった。鯛の形をした塩竃に餡の入ったものが懐かしい。引き物を振り返ると、戦後の世相ががよく分かる。
ひきもの
引き出物
冠婚葬祭と人々の繋がり
もともと信書を持って急送する職業の飛脚から来た言葉であるが、組内では、葬式が出来ると、亡くなった人の近親者に葬儀の日程などを知らせる役割を「ひきゃく」と言っていた。二人が組になって自転車に乗り、先方に出向いて行く。峠を越えて一日がかりで行くこともあった。「ひきゃく」を迎える側では、酒肴を振る舞ってもてなすことになっていた。「ひきゃく」が来た家ではさらに枝分かれした近くの親戚に触れを回した。「ひきゃく」に行けない遠方には郵便局から電報で沙汰をした。今は電話やメールで済まし、テレビのお悔やみ番組で確認している。
ひきゃく
飛脚
農家を支える日々のなりわい
蒲団は「ひく」であった。標準語の「しく」とならず、転訛して「すく」になったり、さらに耳慣れた「引く」という動詞に転訛したのであろうか。蒲団は「ひく」ものだと思っていた。「しく」という動詞は、どういう動作にも使うことがない単語である。
ひく
引く
子どもの世界と遊び
方言ではない。小刀を作るメーカーの商品名である。携帯用の小刀で鞘が付いていたので、学校にも携行した。鉛筆削りはもちろん、いたずらで机の天板に切り込みをして、ひどく叱られたこともあった。竹籤(たけひご)を作り、あるいはパチンコの木の枝を細工するなど、子どもたちの間では不可欠な道具であった。ポケットに入れて持ち歩いても咎(とが)められることはなかった。男の子たちにとって必需品であった。今も同じ名前で、ホームセンターなどで売られている。
ひごのかみ
肥後守り
体の名称と病気やけが
「膝株」で、膝頭を言う。「肘っこぎ」、「首ったま」、「脛っぱぎ」など、標準語の体の部位に接尾語風にさまざまな語が付いた。「膝っ株」もその一つで、「かぶ」は「かぶら」の意味で、脹れている部分を指すかもしれない。当時の子どもたちは、遊びが乱暴であったから「膝っ株」に大けがを負うこともしばしばであった。今も当時の勲章として怪我の跡がはっきりと残っている。
ひざっかぶ
膝っかぶ
子どもの世界と遊び
広辞苑には、押しつぶす、勢いを止めるとある。「ひしぎ」は、夏の闇夜に、川の縁の草に隠れている魚を手で強く潰すようにして捕まえること。手をしばらく川に浸し、水温と手の温度を同じくすると、魚は人の手と感じないので、少しずつ両手の間に誘導して一気に押しつぶす。草むらにはホタルが光を点滅させ、時には蛇が慌てて川を泳いで逃げって行った。魚はあまり上手には獲れなかった。
ひしぎ
農家を支える日々のなりわい
「へして」と発音する。「日一日」のことで、一日中の意味。夜は「よっぴてー」である。夏になると、農家では朝草刈りから始まって、日の長い夕方まで、「ひして」働き通しであった。一方で子どもたちは「ひして遊んでばっかりで、勉強しねんだがら」と、一日中遊んでいるとよめごと(世迷い言)される。「ひして」遊んでいて、勉強はしなかったから、町場の人子たちとの学力差は大きかった。それでも豊かな感受性を身に付けることが出来た。
ひして
体の名称と病気やけが
肘のこと。膝が「膝っかぶ」となり、首は「首っ玉」のように、2音では安定しないので、接尾語風に付け加えたものか。能力以上に人に認めて欲しくて、学校の跳び箱の時に「ひじっこぎ」をひっこぎり(捻挫)、村の接骨師に治療してもらった。その後遺症 で「ひじっこぎ」がやや変形している。
ひじっこぎ
肘っこぎ
地域を取り巻く様々な生活
「空(す)く」は腹が空くなどと同じで、空間が出来ること。水を張ってない桶は、板が乾燥して、間に隙間が出来てしまう。「1年使わながったら、桶がひすきっちゃた」ということになり、もう一度水を張り直 し、少しずつ「すき」を無くしていく。今は日常的に木製の桶や樽を使う生活が無くなり、「すきる」という言葉も不要になった。納屋の2階には「ひすき」たうえに、箍(たが)の外れた桶が残っている。
ひすきる