49 諺 (ことわざ)
諺は全国的広がりのあるものが伝播したものもありますし、地域独自のもあります。その土地の文化が凝縮された言葉ですが、地域社会の崩壊とともに忘れ去られようとしています。
『おどもりと鉤っ吊るしは夜しか休めない』 「おどもり」子守りのことで、特に親元を離れて奉公に出ていた少女を言います。囲炉裏の鉤吊るしに鉄瓶を掛けたままにしておくと、婆ちゃんから叱らました。囲炉裏の火に灰を掛け、その上に鉄瓶を載せていくと朝まで温もりが残っていましたし、灰を取り除けて息を吹きかけて、付け木に移せば炊事の種火にもなります。終日働く「おともり」と一日中鉄瓶を掛けてある鉤っ吊るしに対する感謝です。
『長男の甚六と末子の馬鹿ぞう』 甚六はお人好しでぼんやりした人のことで、長男は跡取りとして大事に育てられるから苦労知らずでのんびりしています。末子は「ばっち」と転訛します。末っ子もまたそばえ(甘え)て育つからいつまでも自立しないで甘えていることをあざけって言います。次男は間に入って目配りをして賢く育ちます。現在は少子化で、男の子が一人ということですから、甚六でしかも馬鹿ぞうになる可能性があります。
『虚仮の三寸』 虚仮は「こげ」と濁ります。元は仏教用語で、真実でないことの意味ですが、一般に愚か者、育ちの悪い人を言います。引き戸をきちんと閉めず、3寸(10センチほど)開いたままにすると「こげの3寸」と叱られ、慌てて閉め直すと、その反動でまた3寸ほど開いてしまいます。明治半ば生まれの爺ちゃん婆ちゃんは何かと小言が多かったので煙たい存在でしたが、今になれば大事な財産を与えてもらった気がします。
『馬鹿の三杯汁』 八溝だけでなく広く使われていましたが、八溝の三杯汁は行儀の問題ではありません。朝食は「とき納豆(自家製納豆に大根を混ぜたもの)」とおごご(お香香)に半飯(麦の方が多い御飯)が定番です。おゆはん(お夕飯の転訛)はほおどし(頬通し:藁に通されたイワシ)か塩引き(猫またぎという塩っぱい鮭)、そして漬け物と味噌汁という一汁二菜が普通です。おかずが少ない時や嫌いな物が出た時は汁掛け飯にし「馬鹿の三杯汁」と言われながら止められません。今は塩分控えめで、一杯も飲めません。
『降っ霧立っ霧』 観天望気による予報は農事を進める上で重要でした。谷あいの集落では霧の発生が重要な予報の材料になります。朝に川筋から霧が立つと上空が冷えているので今日は晴れ、反対に上空から谷に霧が降ってくる上空が湿気を持っているので天気が悪くなると予想しました。長年の経験が伝承されたもので、よく当たりました。夕焼けによる予報は平野部のことで、夕焼けのない八溝では出来ません。
『日本橋跨がり町』 家の中にも便所場はありましたが、爺ちゃん婆ちゃんとお客様だけのものです。他は堆肥小屋に板を2枚渡してあるだけの便所場(ば)で用を足します。用便よりも、人糞を汲み取るための施設です。小便はケヤキの根方で「立ちしょん」です。用便の時に2本の板に跨がることから「日本橋跨がり町」と洒落た言い方をしました。