
42 身近な草木

ヒマラヤ登山の際、ポーターに高山植物の名前を聞くと、どれも「フラワー」でした。日本人が花の名前を聞きたがることが不思議だと言います。昭和30年頃の八溝の少年も同じで、花などに関心はありませんでしたから、役立つものの名前だけが記憶に残っています。
『じごくそば』 ドクダミのことで、根が深く地獄の側にまで達しているので「地獄側」となったなどの諸説があります。ドクダミは「毒矯め」で、乾燥すれば多くの病気に効く「十薬:じゅうやく)」となります。婆ちゃんは、腫れ物が出来た孫に生の葉を炙って貼ってくれました。今は薬草にすることもなく、空き家の庭に繁茂し除草に苦慮しています。
『盆花』 お盆の供花に使うもので、特定の花の名前ではありませんし、地域や家庭によっても違います。我が家では、毎年盆の時期に咲くピンクの宿根草オイランバナが盆花でした。ややピンクがかって群れ咲く花はいかにも夏の花です。今は園芸店でフロックスという名前で売られていますが、「花魁花(おいらんばな)」は形からして何か訳がありそうです。
『かえるっぱ』 オオバコのことですが、形がカエルに似ていたことから「かえるっぱ」と言っていました。踏まれても生きられる生命力があり、舗装されていない道路の轍の両側に列をなして生えていました。草丈は大きくならないので、他の雑草ほど嫌がられませんでした。飼っていたウサギの好物でしたから、籠を持って採りに行きました。婆ちゃんは、孫の腫れ物にはカエルッパを囲炉裏で炙って貼り付けてくれました。膿を早く出す効果があったのです。漢名「車前草」は明治時代の文学結社社の名前になっています。逆境に屈しないための命名ですが、「カエルッパ社」では魅力がありません。
『えごのき 』 夏休みに、家の脇の土手でエゴの実を採って筵(むしろ)に干しました。ヤマガラの餌にするためです。ヤマガラは餌台にエゴの実を足でつかん嘴で割って食べます。その他に、エゴノキの皮を煮出して魚を捕る毒揉みの原料にしました。枝がしなやかで丈夫なため農具の柄にも使い、有用木でした。
『ひゃくじっこ』 サルスベリのことで、長い期間咲き続けることから「百日紅」の漢字が当てられ、八溝では「ひゃくじっこ」となりました。我が家の墓地の四隅にはひゃくじっこの古木があります。もともと仏教とともに伝来したので寺院や墓地に植栽されました。今はピンク以外に紫などが庭木として植栽されていますので「百日紅」の字は不適当になりました。
『はぜ』 漢字では「櫨」です。屋敷の中ではひときわ存在感のある大木でした。櫨の実は木蝋の材料にしましたから、先祖が家計の助けのため植栽したものですが、どのようなシステムで買われたのかは聞かないままでした。大木になりすぎ、邪魔なので伐倒しました。職人さんが漆かぶれになり、大変苦労したと言うことを後で聞かされました。生命力が強くいつまで経っても蘖(ひこばえ)が出て厄介な存在になっています。