地域を取り巻く様々な生活
「あくごや」とも言った。夜中に鳴るサイレンが谷間にこだまするのを聞き、怖いもの見たさに炎が闇夜を照らす方角に走って火事現場に行ったこともある。火事の原因の一つに取り灰の不始末があった。酸性の土地を中和するため、かまどやお風呂の焼却灰は不可欠であった。屋敷の一隅に木灰を溜めておく置く所があったが、冬の乾燥時期には北風が吹き、少しでも火の気があると「ふったかり(発火し)」、藁などに飛び火した。火事の防止のため、大谷石で半畳ほどの灰小屋が作られるようになった。
その後生活が変わり、灰が出なくなり、中和にも石灰が使われるようになり、灰小屋は不要になった。今でも屋敷の片隅に残っている農家がある。
はいごや
灰小屋

農家を支える日々のなりわい
標準語は「はえちょう」。棚付きの箱に網を張って開き戸を付けた本格的な物、さらには折りたたみ式のパラソル型の物もあった。日中は活動が活発であったから、蠅叩きを手にしながらの昼食であった。まだ冷蔵庫がないころは、通気性の良い場所に食べ物を置かなくてはならなかったから、四面がネットの蝿帳はなくてはならないものであった。学校から帰ってきてまず蝿帳を開けると蒸かしたジャガイモが入っていた。
はいちょう
蠅帳

農家を支える日々のなりわい
シート式の蠅取り紙で、粘着物がなく、皿の上に水を含ませて置けば、蝿がなめて死んだ。皿の上にたくさん死骸があったが、どのような成分であったかは分からない。「はい捕りリボン」より先に用いられていたが、見た目も汚いので、蝿捕りリボンに取って代わられた。
はいとりがみ
蝿取り紙
農家を支える日々のなりわい
ガラス製のハイトリ器。ガラスと言わず「ギヤマン」と言っていた。ガラスの中に飯粒を入れておびき寄せ、出られない蝿の習性を利用したもので、どの家にもあった。それだけハイが多かったが、30年代後半には馬を飼うことがなくなって、ハイの数が急激に減った。それにしても、対症療法的に物事に対処する知恵は発達していたのに、原因を除去するという考えを持たなかったのはなぜであろうか。現状を追認する農村の風土であろうか。
はいとりびん
蝿取り瓶
農家を支える日々のなりわい
「はえ」でなく「はい」と印刷されている。岡山県産であるから、「え」と「い」が区別出来なかったことはない。古語では「はへ」であるが、「はい」と表記されている例もある。「はい捕りリボン」は天井から提げておくこともあり、リボンが付いていたことか汚い感じがしなかった。蝿ばかりでなく蛾なども掛って、まだ動いていることもあった。今でも牛舎などで「はい捕りりぼん」が現役で活躍している。
はいとりりぼん
蝿取りリボン
