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31 伝統的な民間療法

昭和20年代までは、健康保険の制度が整わず、しかも山間地域では医療機関も十分でなかったことから、少々のことでは通院することはありませんでした。その代り、婆ちゃんが今まで伝えられてきた民間療法で、それぞれの症状に対応してくれました。
『焼きネギ』 発熱や扁桃腺炎になると、ネギを焼いて手拭にくるんで首に縛り付けてくれました。ネギ味噌に熱湯を注いだ熱々のネギ味噌汁も飲まされました。血行を良くし、体を温める効果があったのでしょう。焼きネギがどのような効果があるかは定かではありませんが、焼くということでネギの成分をより高めていたと思われます。今でも咽に違和感を感じると、かつぶし(鰹節)入りのネギ味噌を作って飲みます。
『梅干し』 夏になると大きな平笊で1年分の梅干しを作りました。「朝は朝星 夜は夜星 昼に梅干し食ったらば アー酸っぱいは成功の元」と、星と干し、酸っぱいと失敗を掛けて、贅沢を戒め、勤勉に働くことを勧められ、弁当には必ず梅干しが入っていました。アルマイト製の弁当の蓋は酸でイボイボが出ていました。おかずが足りないと不満を言うと、「梅干しを眺めて一杯、舐めて一杯、食べて一杯」と梅干しだけでも3杯食べられると言われました。熱を出すとこめかみに梅干しを貼り付けてくれました。どの程度効用があったかは不明ですが、なぜか効いたような気がします。
『アオキ』 家の裏の藪には何本ものアオキがあり、冬には赤い実をつけていました。幹まで葉緑素を含んでいたことからの命名です。普段は何も気を留めていませんでしたが、腫れ物が出来ると葉を炙って患部に貼りました。「吸い出し」という薬が薬箱に入っていましたがその代替です。なぜか、子どもの頃は吹き出物がしばしばできて、特にしりっぺた(臀部)が地腫れして座ることも出来なくなり、アオキにはずいぶん世話になりました。常緑のアオキは一年中使えたので特に重宝しました。
『ヨモギ』 草餅に入れることからモチグサと言っていて、ヨモギという名前は知りませんでした。川遊びなどで手足に切り傷が出来るとヨモギの葉を擦り付けました。止血や消毒の薬効があったのでしょう。この他でも魚捕り用のガラス箱が息で曇らないようにモチグサを揉んでこすりました。先輩から伝承されたことですが、実際に効果がありました。
『ツゲ櫛』 不衛生であったことからしばしば麦粒腫による眼病を患いました。その都度、ツゲ櫛の背の部分を熱くなるほど畳に擦り付けてから患部に当ててもらいました。薬効の分かりませんが、ツゲの木は緻密で堅く、さらに呪術的な意味もあったと思われます。鏡台の上には、使い込まれていたツゲ櫛と椿油が置いてありました。
『すみっちゃり』 はらっぴり(げり)をすると、炭を砕いた「炭っちゃり」をお湯で溶かしたものを飲まされました。「ちゃり」は舎利の転訛で、米のように小さいことと考えられます。今でも炭は薬用に使われているので、経験による療法であった思われます。

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