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甲信

6_02 北信濃の作詞家と作曲家

<高野辰之生家:中野市>

高野辰之作詞の『故郷』は、世代を超えて誰にとっても自分のふるさとを思い出させる歌です。同じく北信濃出身ので、流行歌から童謡まで多くの曲を残した作曲家中山晋平も境遇が似ています。なぜ日本を代表する作詞家と作曲家が北信濃から出たのでしょうか。

兎追いし彼の山/飯山駅の発車のチャイムは「兎追いし彼の山 小鮒釣りし彼の川」が流れます。斑尾(まだらお)スキー場に向かう途中に作詞家高野辰之の生家があります。高野の号は斑山(はんざん)でしたから、斑尾山から取ったものでしょう。

高野は、若くして代用教員となり地元の小学校に勤めますが、向学心止やみがたく、苦学しながら東京音楽学校(現東京芸大)に進み、作詞家を目指しました。『故郷』の3番に「志を果たして いつの日にか帰らん」とあるのは彼の生き方そのものです

『故郷』を作曲した岡野貞一もまた鳥取県で同じように代用教員をし、後に上京し東京音楽学校で学ぶという境遇であったことから、詞と曲とがマッチしたと思われます。二人のコンビで『春が来た』『紅葉』『朧月夜』などの名曲が生まれました。

北信濃の生活の厳しさを背景にして生まれたのが『故郷』です。斑尾山の麓に建つ廃校跡の記念館には高野の銅像が建っています。杏の花が咲き、連山に雪が残る頃に訪れれば『故郷』の風景を実感できます。名所はありませんが、思い出に残る旅になるはずです。

あの町この町/中山晋平は、高野辰之とそれほど離れていない北信濃の農家の出身です。同じく代用教員していましたが、上京して東京音楽学校に入学、たちまち才能を開花、花形女優の松井須磨子が歌った『カチューシャの唄』、『ゴンドラの唄』などで人気作曲家になりました。西条八十詞の『東京行進曲』は人気歌手佐藤千夜子の歌う映画主題曲となり、ラジオの普及とともに大正モダニズムを背景に一世を風靡しました。

その後は、学校の唱歌の授業で歌える曲作りに転じ、野口雨情とのコンビで『雨降りお月さん』『証誠寺の狸囃子』『シャボン玉」などを作曲しました。宇都宮市鶴田町の野口雨情記念館前の歌碑『あの町この町』の曲も中山晋平ですし、ヤクルトスワローズの応援歌となっている『東京音頭』も二人の作品です。

地域の風景に溶け込んでいる中山晋平記念館では学芸員がピアノを弾いてくれます。

厳しい環境の中で育まれた向上心が北信濃の人たちに共通しているように思いますます。新幹線で行けば日帰りで行ける場所です。二人の音楽家に出会える贅沢な旅になります。

<生家の近くに建つ中山晋平記念館:中野市>
<生家の近くに建つ中山晋平記念館:中野市>

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