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関西

3_02 シルクロード終点竹内(たけのうち)街道

<古代官道の竹内街道>

暮れも押し詰まった日、夜行バスと近鉄線を乗り継ぎ、大阪と奈良の府県境にあり、二上山と、その南麓を越える竹内街道を歩く、日本史体感の旅をしてきました。

竹の内街道/堺市から府県境を越えた奈良県橿原市にかけては、東西方角に大規模な古墳が営まれていることから、この地域を結ぶ道が有史以前にあったことを示しています。

その後、大和盆地の南端の飛鳥に王宮が建設されると、大陸から政治制度や文物が招来され、仏教も受容され、飛鳥一帯に宮都とともに飛鳥寺などの伽藍も営まれました。大阪湾の難波津から大和へつながる道が日本初の官道となった竹内街道で、シルクロードの終点でもあります。街道沿いには、大陸文化の結晶ともいうべき法隆寺や当麻寺(たいま)などがあります。

竹内峠を挟んで大阪府の河内郡河南町に「府立近つ飛鳥風土記の丘資料館」があります。半島の渡来人が「近つ飛鳥」の河内に定住し、さらに峠を越えた大和盆地の「遠つ飛鳥」に移動したとの説明が実感として腑に落ちました。

峠の麓の当麻寺の門前で暖かい素うどんをたべ、聖徳太子ゆかりの法隆寺に廻りました。府県境を越えての旅は、歴史の教科書をなぞるような発見の連続でした。

環濠集落/室町時代になると、大阪湾に面した堺が日明(にちみん)貿易や南蛮貿易で大いに栄えました。周囲に濠をめぐらして傭兵で防御し、後に織田信長によって制圧されるまで、ヨーロッパの自由都市と同じように中央の支配権力から独立した都市でした。

堺とともに栄えた都市は、内陸部の河内の富田林と大和の今井です。ともに、浄土真宗の寺を中心とし、特権をもった商人たちが集住し、土塁を築いて自衛した寺内町です。

二つの寺内町を訪れましたが、特に「海の堺、陸の今井」と言われ今井は、織田信長の圧力にも屈せず、重要文化財を含めて500棟以上の建物が、室町時代の姿をそのままに残しています。重要伝統的建物群保存地区に指定され、「生きた文化財」として生活が続き、日本史の教科書にあったとおりの風景です。政治権力や宗教勢力がうごめいていた「古都奈良」よりも、日常生活が残っている環濠集落のほうに歴史の深みを感じました。

正月の日の出を二上山山頂で迎えようと、麓でビバーク、寒さをしのぐため、相撲の神様に由来する地酒「當麻蹴速(たいまのけはや)」を飲みすぎ、翌朝山頂に着いたころには奈良盆地がすっかり明け切っていました。  

近鉄線が縦横に走っているので、乗り継ぎながら歴史の道を体感してください。

<�環濠集落今井:買い物帰りの母娘>
<環濠集落今井:買い物帰りの母娘>

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