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北陸

4_15 「土木に文化を」 LRTと運河のある街づくり 

<北前船の寄港地だった岩瀬浜が終点のLRT(かつてのJR富山港線)>

近隣を除けば、県庁所在地で一番訪問しているのは富山市です。登山合宿の後の銭湯と、富山湾の「きときと」の魚で飲むビールは、開放感からか格別でした。今年も、不要不急の外出は避けるようにという猛暑の中、青春18きっぷで各停を乗り継いで、富山に行って多くのことを学びました。

北前船と路面電車/富山は加賀前田藩の支藩20万石の城下町です。その外港に当たる岩瀬港には、飛騨などから神通川によって、薪炭、繭、和紙、木工品などが川下げされ、さらに平野部の藩米も集荷され、西回り航路で京阪に回漕されました。岩瀬には北前船の船問屋が残っています。

港は鉄道の時代になって一時寂れたものの、日清戦争後に大陸進出の拠点となり、大正13年、富山駅と岩瀬を結ぶ私鉄の富岩鉄道が開業しました。その後、昭和18年に戦時買収で国有化され、戦後は国鉄から、さらにJRの富山港線となりました。

高度成長期以降、利用客の減少などから廃線との声があった中、「まちなか居住公共交通沿線居住推進事業」を進め、新幹線開通を機に在来線を高架化し、LRT化した富山港遷と路面電車を駅構内で結合し、駅を中心に6路線を放射状に延伸させました。市内全区間210円均一です。「コンパクトで持続可能なまちづくり」のモデルとして交通文化賞を受賞しました。

宇都宮は、宇都宮環状道路が開通し、住宅地やショッピングセンターなどがクラスターのように周囲に拡散したため、LRT受益者は沿線に限定され、二荒山神社の鳥前町として発展した市街地の空洞化解消につながらず、さらに、本来一番利用するはずの高校生の大部分は恩恵にあずかれません。

城の石垣と濠を見ながらLRTに乗ると、宇都宮より人口の少ない富山の方に風格を感じます。

富岩運河と環水公園/神通川は北アルプスを源流することから、土砂の流下で河床が上がるなどして、しばしば氾濫しました。そのため、明治になって神通川の付け替えを行い、市街中心部の蛇行部分を直線化して富山湾に流下させ、廃河川跡に県庁などの公共施設を移転させました。

神通川の舟運に代わり、岩瀬港と富山市内を結ぶため、途中にパナマ運河と同じ原理の水位調整の閘門(こうもん)を設置し、新たに富岩運河が昭和9年に完成しました。

しかし、戦後の高度成長期に水運の使命を終え、埋め立てが計画されました。そんな中、「とやまMIRAI計画」により、ヘドロの溜まる運河を富岩運河環水公園として蘇らせました。昭和の土木施設として初めて国の重文に指定され、閘門を上下する運河クルーズが観光客を集めています。堤にはソメイヨシノでなく、樹齢の長いエドヒガンを植樹し、「千年桜公園」と命名しました。

「土木に文化」は、勤勉と進取の気性を持つ富山の人たちが築いた国のモデルとなるものです。富山からは街づくりのヒントをたくさんもらえます。

富山名物の鱒寿司は、神通川を遡上したサクラマスを使用していましたが、今は遡上する「サクラマスがいないので、北海道や海外さんを使用しているそうです。自分でも食べたいので、富山に行くと必ず買って帰ります。

<運河周辺には美術館や体育館など文化施設が多い>
<運河周辺には美術館や体育館など文化施設が多い>

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