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中国・四国

2_18 二つの鬼の伝説地 酒呑童子と吉備団子

<大江山麓の縮緬問屋:朝鮮半島と古くから交流があった>

那須家の祖先は、八溝に住む岩嶽丸(いわたけまる)という鬼を退治した恩賞により那須の地を与えられたと伝えられています。八溝出身の私は、祖先が岩嶽丸の支配下の住民だったとの思いがあり、従前から鬼に関心がありました。二つの鬼伝説地を訪ねました。

酒呑童子/百人一首に「大江山 行く野の道の遠ければ まだふみも見ず 天橋立」があり、大江山は都の人にも広く知られていました。悪鬼の酒呑(しゅてん)童子が住み、高家の娘を誘拐するなどしばしば都で狼藉をします。源頼光が、坂田公時(金太郎)などを率いて退治した伝承は、室町時代の『御伽草子(おとぎぞうし)』によって広く知られるようになりました。

 大江町(合併して福知山市)の日本鬼交流館を訪ねました。鬼について様々な視点から解説してあり、京都北部の丹波や丹後の国には、酒呑童子よりも古い鬼の伝承があることも紹介されています。早くに日本海を通して朝鮮半島から新しい文化が伝播し、独自の経済圏として大きな勢力を誇っていました。大江山北麓の与謝町加悦(かや)は、日本海と都を結ぶ「ちりめん街道」の要衝の地で、重要伝統的建造物保存地区として、町並みがよく保存されています。ちなみに、繊維のグンゼは丹波が発祥の地です。

大江山の鬼は、経済的にも軍事的にも中央政権に不都合な勢力であったと思われます。

吉備団子/昔話の『桃太郎』は誰もが知っている物語です。桃は、その形状から古来より安産の象徴であり、邪気を払う果物とされましたから、桃太郎伝説が生まれました。

「鬼ヶ島」はどこにあったか不明ですが、古代吉備の国は岡山県から広島県東部までの大きな国でした。吉備には畿内に拮抗する勢力があったことは確実で、大和朝廷が国内統一に向かった過程が桃太郎伝説に繋がったとも言われています。

『桃太郎』は戦前までは教科書に載り、国民の戦意高揚、さらには勧善懲悪の思想教育の教材でした。吉備団子をもらった犬・猿・雉は、どこまでもお供することを誓い、鬼を退治し、戦利品を持ち帰ります。犬たちは、相手が「鬼」であると決めつけ桃太郎に追随します。鬼にも言い分があったはずです。

吉備地方の中心岡山市周辺には大きな古墳や古社寺が集中しています。日本遺産の倉敷もすぐ近くです。鬼を表敬訪問してみてはいかがですか。

鬼は人の都合によって作り出すものですから、いつの時代も心の中にいます。心の鬼に気をつけたいものです。二つの鬼の伝承地を訪ね、八溝の鬼にも誇りを持ちました。

<桃太郎伝承の吉備津神社:社殿は国宝>
<桃太郎伝承の吉備津神社:社殿は国宝>

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