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中部

5_05 伊勢物語の主人公と斎王(さいおう)の密会

<斎王の住まい斎宮の縮尺復元:近鉄斎宮駅至近>

『伊勢物語』の「東下り」の段で、「昔男ありけり。その男、身をえう(要)なきものに思ひなし、京にはあらじ」と、東海道を下り、東の国に向かいます。途中各所で名歌を読んでいます。今回は、名古屋の従妹の家に連泊、近鉄と名鉄に乗り換えながらの、『伊勢物語』の旅です。

伊勢の斎王/斎王は、天皇が即位するごとに、斎宮に住まいしながら身を慎み、伊勢神宮に奉仕した未婚の皇女のことです。初代は倭姫命(やまとひめのみこと)とされ、倭建命(やまとたけるのみこと)の叔母で、命の東征に際し、草薙剣(くさなぎのつるぎ)を下賜なさった方です。

『伊勢物語』の69段は、物語全体の中心ともいうべき段章で、在原業平と思われる男と斎王が密会する場面です。男が朝廷の使いとして伊勢の国に下向した際、斎宮に宿泊、斎王と歌のやり取りをし、一夜だけの契りをしました。当代一の歌人であり、好色としても知られた業平のことですから、斎王との密会も架空の物語の世界とばかりは言えません。

斎王の制度は、鎌倉時代に廃絶し、斎王の居所であった斎宮の場所は不明でしたが、伊勢神宮から10キロほど離れた場所が斎宮跡と確認され、今は国の史蹟となっています。

内宮に近い五十鈴川駅から近鉄線に乗り10分余で斎宮駅です。遺跡の一部に縮尺された建物が復元されています。

勤めているうちに訪ねていれば、『伊勢物語』をもっと深く教えられたのにと、悔いを感じましたが、すでに手遅れです。斎宮駅の目の前に史跡があります。

東下り/斎王との密会が露見したことが原因か、男は都に住めなくなり、都から東国に下ることになります。『伊勢物語』の中でも有名な「東下り」の部分です。

京都から心許せるわずかな供とともに三河の国までやってきます。川が幾筋にも分かれているので「八橋」と言い、カキツバタが咲いていました。供の者から「かきつばたといふ五文字(いつもじ)を句の上に据へて旅の心をよめ」と言われ、「から衣き きつつなれにし つましあれば はるばるきぬる 旅をしぞ思ふ」と詠んだところ、だれもが涙し、干し飯がふやけてしまったとあります。和歌の各句の初めに、物の名前一音ずつを置く「折句」というもので、「かきつばた」が句頭にあります。

名鉄線八橋駅近くの無量寿寺の境内には在原業平像が建ち、八つの橋が復元され、カキツバタも植えられています。ただ、周囲は住宅地となり、物語世界の雰囲気は残っていませんでした。

名古屋に2泊、伊勢の斎宮から三河の八橋まで、何度もの乗り換えで苦労した分、近鉄線と名鉄線に詳しくなりました。私鉄は、生活に密着した所を走っていることを実感しました。

<八橋の在原業平像と歌碑:名鉄三河八橋駅から10分>
<八橋の在原業平像と歌碑:名鉄三河八橋駅から10分>

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