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5_15 東海道継ぎ足しの旅 新居の関所と姫街道

<国史跡新居関跡>

旅に出る際、大判の時刻表を持ち歩きます。速達性よりも車窓の風景を楽しみ、同乗する人たち出会いから学びますから、浜松辺りまでは、各停で行きます。ただ、これは昨年までの青春18切符のことで、今回の改正により、連続した3日間や、5日間では宿泊代もかさみ、大人の休日倶楽部の方が割安です。今回は1泊2日の浜名湖の旅です。

新居の関所/琵琶湖が淡海(あわうみ:おうみ)であるのに対し、都から遠い湖なので遠淡海(とおつあわうみ)と呼ばれ、国名も近江に対して遠江(とおとうみ)となりました。

浜名湖は、砂州によって遠州灘と隔てられた淡水湖でしたが、室町時代の地震による津波で砂州が決壊し、海水が流入して汽水湖になりました。決壊した場所が今切口(いまぎれぐち)です。そのため、東海道は舞阪宿から新居宿まで海上1里の渡しとなりました。

幕府は、地の利を生かし、江戸を守るため、新居には入り鉄砲と出女の取り締まりの関所を作りました。現存する唯一の関所建造物として国の特別史跡に指定されています。(箱根の関所再建です)

現在、旧東海道は国道306号となり、開口部の一番狭い場所を浜名大橋で渡っています。国道1号は浜名バイパスとして長大な橋によってより海に近い海岸線を通過しています。  

関所の近くには競艇場が見え、新居の関所があった雰囲気は残っていません。

餃子を通して宇都宮と比較されますが、平成の合併で政令指定都市となった浜松は、家康出世城の浜松城址もよく保存され、風格の違いを感じました。

姫街道/浜名湖の北岸を通る天竜浜名湖鉄道は、戦前に浜名湖南岸の東海道線の非常時用迂回路として敷設された旧国鉄線でした。今は、第三セクターで運営されています。JR新所原(しんじょはら)乗り換え、ミカンで有名な三ケ日(みっかび)駅で下車、姫街道と言われる本坂(ほんざか)峠に行きました。

東海道が今切の海上の渡しを通ることから、女性たちが船を避け、さらに今切という地名は縁起が悪いこともあり、東海道浜松宿から分岐し、湖北の三ケ日を通り御油(ごゆ)で再び東海道に合流する街道が開かれました。別名姫街道と呼ばれました。天璋院篤姫や、オランダから将軍家への贈り物の象も本坂峠を通って江戸に向かいました。

駅からは遠くて大変でしたが、「姫街道を守る会」の活動で峠道は整備され、「歴史の道百選」に選ばれています。途中の100円の無人販売所のミカンは、峠歩きの渇きを癒してくれた格別な味でした。土地の産物に出会うのも古街道歩きの楽しみの一つです。

1泊2日の旅、浜名湖を挟んだ二つの街道を体験してきました。

<姫街道本坂峠:石畳が残る>
<姫街道本坂峠:石畳が残る>

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