農家を支える日々のなりわい
時間の途切れた間のこと。方言ではない。「あいま見てせーふる(据え風呂)ふっ炊けろ」と言われた。子どもは子どもで遊びに熱中し「あいま」がない。つい忘れてばあちゃんに怒られた。合間を見つけて勉強をすればよかったのに、学校の勉強より大事なものが周囲にはたくさんあった。
あいま
合間
農家を支える日々のなりわい
「あさって」は明後日だが、明明後日は「やなさって」、その次は「しやさって」。「しやさって」は「四あさって」のことであろう。「さーさって」もあったが、今もって順序に自信がない。これでは3日後のことは約束できない。今でも混乱している。子どもの頃には「しあさって」は使っていなかったように思う。
あさって:やなさって
明後日
農家を支える日々のなりわい
「あそこ」の転訛。「あすくら辺」とも言った。ただ余所の家を指す際は「あそこんち」と言っていた。八溝方言としての全体的な特徴として、口唇をあまり活動させない傾向からの転訛であろうか。
あすく
農家を支える日々のなりわい
「の」の母音オと朝のアが母音(アイウエオのこと)であるから、連母音(母音が重な る)になり、その結果一字が欠落する。「あすのあさ」が「あすのさ」となるのは音韻上の法則である。日常では言いやすいこと第一であり、八溝では出来るだけ口を開ける「あ」の音は使わない傾向にある。
あすのさ
明日の朝
農家を支える日々のなりわい
人の後ろを追いかけるようにくっついていること。さらに、次々と連続することにも使った。自主性がなく「あどしりいつもくっついているん だから」と、人の後ばかりくっついていている子もいた。連続する意味では、「あどしり3人目が生まれた」とも使い、年子のように3人連続して誕生したことになる。
あどしり
後尻
農家を支える日々のなりわい
後ずさりの意。「しゃる」は敏速に動く感じはないから、ゆっくりと後ろ向きのままに下がる。「座ったまま後ろにずって行くことになる。学校での映画鑑賞の時に、前にばかり凝(こご)ると、「もう少しあどちゃりして広がるように」と指示された。「しゃる」は前後左右にいざること。
あどっちゃり
農家を支える日々のなりわい
後継者の後継ぎではない。一つの布団に互いに反対向いて寝ることをいう。孫と寝ると温かいので、爺ちゃんと「あとっつぎ」で寝ていた。寝相が悪かったので、爺ちゃんの股間に蹴りを入れることもあったようで、翌朝盛んに世迷言をしていた。夜中に尿瓶(しびん)の音がする。朝になって外便所に捨てに行くのは孫の役目であった。
あどっつぎ
後次ぎ
農家を支える日々のなりわい
歩いての転訛。「バスまで間があっから、あるって帰えっぺ」という。イ段が発音しにくいことからウ段のまま促音化した。イ段はどうしても子どもの頃から聞き慣れないし、発音し慣れていないので、唇を横に開いて舌を曲げるよりも、ウ は唇を動かさず、舌もそのままなので発音しやすい。今も変わらない。
あるって
農家を支える日々のなりわい
いい加減の意味であるが、加減が良いという意味では使わない。「何やってもいいからかなんだがら」と、きちんとしていないことを指摘された。県内ばかりか、広く関東一円で使われている。
いいからかん
農家を支える日々のなりわい
数を聞く時の「いくつ」が転訛した。「いぐっつになったんだ」と、年齢を聞かれることもあるし、「いぐっつ欲しいんだ」と個数を聞かれることもある。「いくつ」よりも、八溝の言葉の「いぐっつ」の促音便の方が響きがいい。
いぐっつ
農家を支える日々のなりわい
人数を数えることでなく、一人分という意味である。「今日は昼過ぎ雨だけど、手間は一人だ」と言って、午後はお茶でも飲みながら程良い時間に帰っていく。半日(はんぴ)しか働かなくても、手間は「一人」である。音読みをすることから、他所から入って来た言葉が残っていたものであろう。
いちにん
一人
農家を支える日々のなりわい
何時(いつ)と、日は二日(ふつか)など「か」と読むことから、「何日」が「いっか」と転訛した。時間的には過去にも未来にも使う。「こないだ来たのはいっ日前だったけ」(この前来たのは何日前だっけ)」と質問する。さらに「いっかも待たすんじゃね」(何日も待たすんじゃない)とも言われた。
いっか
いっ日
農家を支える日々のなりわい
載せることや高い所に乗ること。「自転車(じでんしゃ)で土手にいっかちゃった」は、運転を誤って土手に乗り上げたこと。一方「いっける」を他動詞で使うと、「リヤカーに荷物をいっける」という。「いっかる」と「乗っかる」はどう区別したのか判然としない。
いっかる
農家を支える日々のなりわい
凍上すること。八溝地区は中生層の地質であったから、黒のっぽ地域の県央や県北に比べて霜柱が立つことが無く、地面が凍上することは少なかった。それでも、「いであがった」場所が「霜どけ」の時間になるとぬかるので、藁を敷いたり、あらぬかを撒いて、歩きやすくしていた。
いであがる
凍で上がる
農家を支える日々のなりわい
直近の今すぐから、かなり遠い将来まで時間的に幅が広い使い方をする。「いまに見でろ」となれば、近々にでも反撃したい気持ちを表す。親に物をねだった時「いまーに買ってやっから」と言われると、口約束で、半ば諦めることになる。それぞれ自分の都合に合わせて時間を伸縮させた。
いまに
今に
農家を支える日々のなりわい
「うろ」の転訛。樹木の空洞や、浸食によって出来た川の崖の穴も「いろっこ」である。木の「いろっこ」には「ほろすけ(フクロウ)」がいたし、川の「いろっこ」には魚がいた。「いろっこ」に、ミミズを付けた釣り針を入れて根気よく待つと、思わぬことにウナギが掛ったこともあった。中が見えない分、子どもたちを惹きつけた。
いろっこ
洞
農家を支える日々のなりわい
「犬の糞」が転訛したもの。「日の中」が「ひんなか」になるのと同じ。犬を放し飼いにしていたので、どこにでも「いんのくそ(犬の糞)」があった。役立たないものの代表であった。「いんのくそのようだ」と言われれば、本当につまらない人のことである。ただ、どこにもあったから汚いという感じはしなかった。
いんのくそ
犬の糞
農家を支える日々のなりわい
山間では少しでも耕地を確保するため、庭先から直ぐに畑地となっていた。当時の庭は収穫などの「作業場」であって、植木などを植える場所ではなかった。兼業農家であったからだろうか、我が家には、庭と畑の間に「うえきば」があった。樹木だけでなく福寿草などのも植栽されていた。今も観る人もいない庭に季節になると黄色い花を着ける。ただ、鍋磨きなどに必要で植えていた木賊(トクサ)が、植木場いっぱいに繁茂している。
うえきば
植木場
農家を支える日々のなりわい
歌謡曲の歌詞集。特に雑誌『平凡』や『明星』の付録に付いていた小型の冊子。春日八郎がマドロス姿で表紙になったものが今も手元になる。『平凡』も『明星』も廃刊になって久しい。それに伴って歌本も死語になってしまった。
うたぼん
歌本
農家を支える日々のなりわい
裏表の「裏」でなく、先端部分をいう。「先っぺ」ともいう。キュウリの末成(うらな)りは最後のころに先端部分の小さなものをいう。「うら」には先端の意味があり、竹ん棒の先端も「うらっぺ」と言った。「うら」は「家の裏」のように表裏とともに、前後の意味になり、さらに先端にもなった。広い範囲を示す言葉である。
うらっぺ
末っ辺
農家を支える日々のなりわい
上の方。「か」は場所を示す接尾語で、「下っか」、「もごっか」(向こう側)、「こっちか」などに使う。表面という意味で、皮の意味でも使い、饅頭の「餡こ(あんこ)ばかし食って、「うわっか」を捨てることもあった。
うわっか
上っ処
農家を支える日々のなりわい
カートやリヤカーではない。自転車の中でも重い荷物を付けるため、荷台がしっかりしていて、スタンドが頑丈にできているものを言った。魚の行商をする赤松さんの運搬車にはいつも大きな木箱が載っていて、塩水が垂れていたので、赤さびができていた。自転車がどうして「運搬車」と呼ばれたか。自転車が大事な移動手段であったことから、運搬車という名前が山間に入って来たのであろう。
うんぱんしゃ
運搬車
農家を支える日々のなりわい
八溝地区の山村を相手にする谷口町の馬頭は、江戸時代から煙草を中心とする農村の生産物の集積と、農具、荒物、肥料、呉服などを農村に供給する在郷町として栄えた。農村が活気のある時期はそれに応じて商店街も活況を呈し、農産物の収穫期やお盆の行事に合わせて大売り出しをして、山村の購買意欲を掻き立てた。特に煙草収納期に合わせての12月の大売り出しが一番盛大だった。国鉄バスも夜まで臨時バスを運行した。景品は自転車や演芸大会への招待券、食料品などであった。夏の中元大売り出しでは海水浴招待もあった。しかし、農村が疲弊し始まった40年代になると、町には外部資本のスーパーが進出し、自動車の普及により地元商店街の空洞化が一気に進み、地域の協調失われ、大売り出しの商工祭も規模が小さくなり、一気に過疎化に拍車を掛けた。
おおうりだし
大売り出し
農家を支える日々のなりわい
起きて直ぐにという時間帯である。「むくる」は剥ぎ取ることでだが、「起きむぐれ」とどう繋がったのか。子どもの頃から「おきむぐれ」でも、ぼやぼやしていられなかった。それぞれに役割があって、雑巾掛け、水汲みも小学生の中学年になれば当たり前であった。この習慣は大人になって様々な場面で役立った。中でも、長期の登山などでは、寝起きがいいことがどんなに役立ったか、子どもの頃の習慣である。
おきむぐれ
起きむくれ
農家を支える日々のなりわい
本来、護符は神社やお寺からいただいたお札のことである。神仏に対する敬意から「お」を付けたもので、「お札」よりも遙かに格調の高い言葉である。今は使わない言葉となってしまった。御護符は梁に縄で巻き付け、囲炉裏や風呂の煙で燻して虫に食われないよう保存していた。子どもたちにとっての「おごふ」はお札でなく、祭礼の時に神様に上げた餅のお下がりを指していた。お札から食べ物になっていた。
おごふ
御護符
農家を支える日々のなりわい
夏の乾燥の時期の程良い雨は干天の慈雨であった。畑作地帯では干ばつがあり、作物の立ち枯れも珍しくない。神様をお祀りして、嵐除けを祈願して、程良い夕立を期待した。天候だけでなく、町会議員の選挙になると「お湿り」が必要となり、銀行の支店に500円札がなくなってしまうこともあったと聞いていた。「お湿り」のタイミングが難しく、早すぎても遅すぎても効果がない。これは作物の「お湿り」と同じである。
おしめり
お湿り
農家を支える日々のなりわい
今に言う「おしゃれ」とはニュアンスが違う。きちんとした上品なお洒落(しゃれ)ではなく、周囲とはややマッチしないほど着飾ること。「ずいぶんおしゃらぐして。町(まじ)に行く(いぐ)のがな」という時は、「ちょっと派手すぎるんじゃねの」と言う気持ちが込められている。「おしゃらぐばしで、ろぐにはだらがねんだがら」(お洒落ばかりして、ろくに働かないんだから)と羨望の一方で、非難がましい田舎独特の気持ちがある。婚姻色のタナゴは「おしゃらくぶな」と言われていた。
おしゃらぐ
お洒落
農家を支える日々のなりわい
正座すること。共通語や漢字に当てる字はないが、ちゃんとと同じ「しゃんと」が語源で、丁寧な意を表す「お」が語頭について「おしゃんこら」になったのであろう。正座ということから、かしこまった雰囲気を 与えることになる。他所に行って「おしゃんこら」していると、「どうぞ平にしとごんなんしょ」と、足を崩すことを勧められる。子どものころから「おしゃんこら」が苦手で、じゃんぼ(葬式)の時などは、すぐにもじもじして長くは座っていられなかった。
おしゃんこら